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高松高等裁判所 昭和26年(う)917号 判決

控訴人 被告人 中城覚

弁護人 芝権四郎

検察官 十河清行関与

主文

原判決を破棄する。

被告人中城覚は無罪

理由

弁護人芝権四郎の末尾添付控訴趣意について

(一)  清酒が酒類の一種であり酒類とはアルコール分一度以上を含有する飲料であるから清酒と言うには飲料に供せられるものでなければならないことは所論の通りであるが酒類が変味又は腐敗の虞れある場合、それを防ぐため即ち酒類保存のために焼酎アルコール及水以外の物品を混和することがあるのは酒税法第五〇条第二号同法施行規則第五四条第二項の規定に徴して窺われるところであり斯様な異物を混和したものは直ちに飲料には供し難いものがあるけれども将来該異物の除去その他の処理により飲料に供することのできる可能性があるから酒税法上においては猶、酒類として扱うものと解しなければならないのである。記録を調べるに被告人は貯蔵中の腐敗の虞れがあつた清酒に防腐のため所論の寒天溶液を混入しその上澄を採つたことが認められるがその残りにも叙上の可能性が全くないとは断言し難いから法律上は猶、清酒として扱われるものであるし所論酒税法施行規則第七二条は腐敗した又は叙上措置により残つたもの等で事実上飲料に供し難いかも知れないが叙上説示のように酒税法上は猶、酒類として扱われるものについてその扱を廃除する手続きの規定であると解するから該手続により承認を受けるまでは仮令飲料に供し難いものでも同条に所謂酒類に該るので前記上澄みを採つた残りも清酒と言うべきであるから論旨第一点は理由がない。

(二)  所論に鑑み記録及当審における事実の取調べの結果等を精査すると、昭和二十四年三月一四日頃被告人の酒類製造場において所轄卯之町税務署橋本事務官等が同年度の皆造検査と言われる現在酒の量並質の検査その他製造に関する一切の検察をしたがその際検査に従事中の同事務官等に対し被告人及びその酒造従事者等から所論のような酒があると告げてその検査乃至は破棄の処理等についての要請をしたこと及びそれに対し同事務官等は何等の指示乃至反対の意を表明しなかつたので被告人及びその酒造従事者は翌十五日頃便所に投棄したことが認められるのでそれ等諸情況のもとでは右検査官等は叙上被告人等の要請を暗黙裡に承認したと解するのが通念であるし被告人等は右要請の承認を得たものと信じていたことが窺われるから被告人は所論の酒を投棄するについて正規の承認を得ていたものと認められる情況があり、そうでないにしても犯意が認められないのに原審がそれ等に反する認定をした誤りがありその誤りは判決に影響を及ぼしていることが明らかであるから論旨第二、三点は理由がある。

よつてその余の論旨に対する判断を省略し刑訴法第三九七条第三八二条に則り原判決を破棄し同法第四〇〇条但書により自判するに起訴状記載の本件公訴事実(その記載を茲に引用する)の如き所為をするについて前段説示に明らかなように被告人は正規の承認を得ていたものであり、又被告人の犯意が認められないので刑訴法第四〇四条第三三六条により無罪を言渡す。

仍つて主文の通り判決するのである。

(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 太田元)

弁護人芝権四郎の控訴趣意

原判決は被告人は何等法定の除外事由がないのに昭和二十四年三月中旬頃自己の酒造場にあつた清酒にして寒天溶液を混入していたため飲用に供し難い清酒八斗位を所轄税務署の承認を受けることなく自宅便所に廃棄したものであると言つて居るが此の清酒と言う点と所轄税務署の承認を受けることなくと言う点は事実誤認である。

第一本件廃棄物質は清酒でも酒類でもない。

本件廃棄物資の性質 本件廃棄物資の生じた原因は被告人は酒類製造業者であるが酒類は従来自由販売であつたが今次戦争の結果統制品となり所轄税務署長の出荷命令により販売するの外自由販売は許されなくなつた。従来酒造業者は製造後約一年間位清酒を所持し販売するを通常としたのであるが酒類販売統制後は出荷命令のある迄何年間でも所持せねばならぬ場合があつた。被告人所持の清酒中三年間余の長期間所持して居つた分が腐敗し初め濁りを来し酸味が生じ初めたのである。そのような場合には之を直す一方法として其の腐敗酒を一定温度に沸かし之に寒天を煮沸して溶解した溶液を投入放置しておくと之が冷却するに従い容器の底に沈澱し其の自然に沈下するとき腐敗酒中の不良含有物を其の寒天が吸収するので上部は清澄の良い清酒となるのである。被告人も此の方法により腐敗を防止し変味酒を良酒に直して販売したのであるがその容器の底に沈澱した約八斗の沈澱物は寒天溶液であつてその色は暗黒色でその味は錯酸の如く酸味あり到底飲料に供せられるものではない。尤も清酒中を通過沈澱したものであるから多少のアルコールは含有するであろうがその度数も不明である。原判決は飲用に供し難い清酒と言つて居るが酒税法によれば清酒は酒類の一種で酒類は飲料であるから(酒税法第二条第三条参照)酒類たる要件としてはアルコール分一度以上含有すること、飲料たることを要するのであるが本件物質はアルコール分度数不明且つ飲料でないので其の要件を具備して居らない。本件物質はアルコールが若干含有する寒天溶液であつて清酒でも酒類でもない。酒税法施行規則第七十二条によれば製造場にある酒類が腐敗その他の事由に因り飲用に供し難き場合に於て之に酒類として飲用すること能わざる処置を施し又は之を酒類製造の原料に供せんとするときは其の方法を定め所轄税務署の承認を受くべし。と規定せられてあるが之は酒類が腐敗其の他の事由に因り飲用に供し難くなつた場合の規定であつて元来酒類でない寒天溶液を廃棄するには同法により所轄税務署の承認を受けることを要しないのである。故に被告人が所轄税務署の承認を受けることなく廃棄したとしても其の行為は犯罪を構成しない。

此の点に関する証拠を見るに証人河内金次郎は之を清酒と認むべきものと言つて居るが証人橋本事務官清家繁松の証言によるとアルコール分度数不明且つ飲料に供せられないこと明らかであつて清酒でないことは勿論酒類でもないことは明白である。

第二仮りに本件物質が酒税法上酒類と認むべきものでその廃棄には税務署の承認を要するとすれば被告人はその承認を受けて居るのである。

一、被告人は昭和二十四年三月被告人酒造場に於て皆造検査のあつた際橋本大蔵事務官の承認を受けて居ると主張し同事務官は承認を与えて居らないと言つて居る。之が証拠関係を見るに税務署側の証人と被告人側の証人との証言が全然相反して居り何れかの一方が偽証と言わざるを得ないのであるが之等の証人の証言を仔細に検討し何れが措信するに足るかは之を条理に従い合理的に判断しなければならないのである。

二、橋本事務官は承認をしたものなら其の旨帳簿に記載があるが其の記載がないから承認を与えて居らないと言つて居るが承認は口頭でもよく(此点河内証人の証言参照)書面によることを要しないのであつて帳簿の記載は承認の結果を記載するのであるから承認してもその結果を記載することを失念する場合もあるので記載がないから無承認とは言えないのである。本件は口頭により承認したがその帳簿への記載をしなかつたのである。

三、皆造検査の性質と検査方法 皆造検査は其の酒造年度の締め括りの検査とも言うべきもので其の酒造年度の総造石数と検査迄の蔵出し石数残石数を帳面と現物とを対照し検査するので最も重要な検査である其の皆造検査に橋本事務官は主任として専ら現品の検査に小泉事務官は随員として帳簿の検査に当つたのであるが証人橋本事務官は証言して皆造検査の際火落洒の滞酒(本件廃棄の目的物を指す以下同じ)が八斗位あると言つたことは認めたがそれ以上何も言わぬから之を聞き流し品質も検査せず従つて飲用に供することができるや否や焼酎の原料となるや否や、含有アルコール分量も分らぬ又廃棄してよいかとの発問もしなかつたから其の点に関し何等の指示もしなかつたと言つて居るが之は極めて不合理で且検査官として無責任な態度である。即ち被告人が火落洒の滞洒が八斗位あるがと言つたことは廃棄して可いか否かの承認を求める前提の言葉である。唯単に火落洒の滞洒があるがと言つて其の他の言葉を発しない理由がない。橋本証人が被告人はそれ以上言を発しなかつたと言うのは自己の立場を有利にせんとする虚偽の証言である、其の際被告人が廃棄の承認を求めたとすれば橋本事務官は検査官として廃棄の可否を言わねばならぬ。橋本事務官が此の儘廃棄してはならぬ改めて許可を受ける手続をせよと命じたとすれば被告人は其の手続をした筈である。許可を受ける手続をすることは容易のことである。処罰せらるる危険を犯して無承認廃棄をする必要はない。被告人が許可の手続をせず廃棄したことは橋本事務官は廃棄してよろしいと承認をしたことが分るのである。

四、本件刑事事件発生の理由 酒類製造の監督は税務署長に委任してあるようであるが特に国税庁より不意に検査することがある。本件も其の一であつて国税庁より被告人方を検査した本件事件を発見し税務署の監督不行届を責めた訳である。若し本件が卯之町税務署員により発見されたとすれば事なく済んだであろうが上司により発見されたものであるから税務署の立場上廃棄を承認して居らない。無承認廃棄をしたものであると責任を被告人に負わせようとしたことが本件刑事事件の発生した理由である。

五、昭和二十四年十一月十九日河内課長、大久保事務官の検査の目的 之は本件以外にも被告人に於て酒税法違反の嫌疑があつたから検査したよう言つて居るが実際は本件を事件にする為の検査であつたのである。其の検査の顛末書の記載を見るに、被告人が無承認廃棄を認めたような記載があるが其の記載は被告人の犯罪が成立するように被告人の陳述を曲げて作成されたものである。何故なれば被告人は此の顛末書に署名捺印することを拒絶して居る。若し被告人の陳述した通りの記載があれば之に署名捺印することを拒む事由はないからである(以上河内課長、橋本、小泉、大久保事務官の証言参照)。

六、証人清家は杜氏(酒造人)であるから又中城武は被告人の息子として皆造検査に於て橋本事務官が現物を検査するに際し立会つたものであるが橋本事務官が順次現場を検査して本件目的物件の容器四十七号樋の側に行つた時証人清家は之は火落洒の滞洒で役に立たぬものだから棄てさせて下さいと言い中城武も是非そうさせて下さいと付加したところ橋本事務官は廃棄してよろしいと言つたと証言して居り被告人は橋本事務官が酒造蔵を出て後検査室で同様火落酒の滞酒があるが廃棄してよろしいかと問うたら廃棄してよろしいと言つたと陳述して居るが橋本事務官は之を否認して居る。併し此の橋本事務官の否認は概めて不合理で且単に之を聞き流し現品を検査しなかつたとすれば検察官としての職責を完うしたものと言えないこと前述の通りである(証人清家繁松、中城武の証言被告人本人の供述参照)。

七、兵頭検察事務官の聴取書にも被告人が犯罪事実を認めたような記載があり正式の承認を受けず捨てたと言うような字句があるが被告人は之は書面による承認を受けないと言う意味であり又第二回聴取書中「承認を受けずに廃棄したことは」と言う字句が括弧挿入してあるが被告人は之に対し検察事務官調の際「書面による承認がないから無承認と言われても仕方がないではないかと言われるから、書類がないから無承認と見られるならば仕方ありません、と答えたところ、どうせ責任に免れまいからこうして置いたがよかろう」と言つて後より挿入せられたと主張して居る。之に対し同事務官は之を否認して自白を強制したことはない。聴取は任意陳述したものであると言つて居るが被告人は地方の有志で人格者で本年四月の県会議員選挙にも立候補したような人物であるから事実に反する虚偽の陳述をすることはないと思料する(検察事務官及聴取書及証言及被告人の供述参照)。

以上の次第であつて相反する双方の供述を条理に従い合理的に判断したときは被告人が本件物質を廃棄したのは皆造検査の際橋本事務官より口頭による承認を受けて居るのであるから被告人の行為は犯罪を構成しないのである。

第三仮に百歩を譲り橋本事務官は承認を与える意思でなかつたとしても同事務官が棄ててもよいだろうとか棄てねばなるまいとか言つたことを被告人は廃棄の承認を受けたものと誤解したのである。承認をしたかどうかは事実問題であるから被告人は事実の錯誤に陷つたのであつて承認を受けることなく廃棄すると言う犯意がないのである。此点からも被告人に対し犯罪は成立しないのである。原公判に於て弁護人は此の点を主張したが原判決は之に対し何等の判断をして居らないことは刑事訴訟法第三百三十五条第二項に違反する。

以上第一乃至第三何れの理由によるも被告人の行為は犯罪は成立しないから無罪の言渡あるべきものであるに原判決が有罪判決を言渡したことは事実誤認であつて其の誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。尚第三の点については訴訟手続に法令の違反があつて其の違反が判決に影響を及ぼすこと明らかである。

以上論旨に付訴訟記録及び原裁判所に於て取調べた証拠に現われて居る事実で事実誤認及び法令違反の点を援用する。

第四原判決は刑の量定が不当である。仮りに本件が犯罪を構成するものとするも前記の通り本件は全く形式的犯罪である。即ち飲用に供し難い物質であつて当然廃棄せねばならない物を廃棄したに過ぎない。廃棄に付許可を申請すれば当然許可あるべきものである。それを許可なくして廃棄したのである。而も本件物質を生ずるに至つた原因は全く政府の責任に起因するのである、即ち政府の酒類配給操作上長日月間当該清酒を保存せしめたので腐敗を来し、これが救済方法を講じた結果であつて之が為には被告人は多大の損害を蒙つたのである。之等の事情を考慮するときは本件は犯罪構成するとしても処罰するを相当としないものである。又処罰するとしても全く形式的犯罪として極めて小額の名義上の罰金でよろしいのである。然るに法定刑の罰金の多額は五万円であるを其の五分の一の壱万円に処するが如きは全く刑の量定不当と言わざるを得ない、尤も税務署長の通告処分の如きは罰金四万円の通告であつたようであるが原審も之に影響せられたのではないかと思われるが之は従来酒造家とその監督者たる税務署との関係は絶対的命令服従の関係であつて如何に不法不当の処分でも之に甘んじて服従して居つたのであつた。そうしないと当該事件以外の事件に付不利益を来すからである。然るに被告人は皆造検査の際検査官が廃棄を承認しながら後日に至り自己の便宜的立場より此の承認したことを否認したのに対し之に憤慨し従来の命令服従の関係を破り敢然監督官と戦う決意をして服従しなかつたので監督官庁の感情を害し常識上想像も出来ない不法莫大なる金額の通告処分を受けたので此の通告処分の如きは何等原審判決の量刑の標準となるべきものではないのである。右の理由により仮に処罰せられるとしても極めて少額の罰金刑(罰金千円内外)に処せられるべきを相当と思料する次第であ。

以上論旨に付訴訟記録及び原裁判所に於て取調べた証拠に現われて居る事実で刑の量定が不当である点を援用する。

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